リース雑貨店〜出張販売〜
作者 橋本利一
オープニング
まだか? 遅すぎじゃないか? 俺はそう思いながら群集の真ん中にいた。
こいつらはただ自分の欲望を満たしてくれる物を求めているだけ……。
もうすでに三時間は待っている。
こちらにはもう時間がない。
「おい! てめぇらどけよ」
そう怒鳴ったが誰も聞こうとしない。
そのときポケットに入っているケータイが鳴った。
それは俺にとって最悪な結果だった……。
地球上のどこかにある森に、『リース雑貨店』というお店がありました。
このお店は、なんでも売っているという不思議なお店です。
お店を取り仕切っているのは、リースウィッチというまだ若い魔法使いの少年と、言葉を話す赤いスカーフ(冬はマフラー)を身につけたエゾオコジョ(北海道に住むイタチに似ている動物)のテンが営業していました。
リース雑貨店は、どこにあるのか、どの時代に存在するのか、よく分かってないのでときどきしかお客が来ません。
だから、一人と一匹はとても暇な毎日を送っていました。
そんな一人と一匹の自慢は、開店当初から書いている店舗日誌です。
日記の量はすでに、大学ノート百冊に及んでいます
今回のお話は、お店を離れて日本へ出張販売に行くお話です。
××××年 二月 十日 (日) 今日の日記担当 リース
太平洋の荒波を航海している一台のクルーザー。
太陽がちょうど沈みかけているので、あたりは真っ赤に染まっている。
そんな中僕は船室で一人考え事をしていた。
先ほどからテンとフィンは釣りをしているし、コトミはベットの上で熟睡中だ。
フィンとコトミというのは、僕の親友とその養女だ。
フィンは、本名フィスデルスといって行商人をしている。また、医者の免許も持っていて、常に麦藁帽子にサングラス、アロハシャツといった格好をしている。
コトミは、複雑な事情により両親をなくして、フィンが育てている。
「おい! リース。タコが釣れたで! 今日は本場大阪の味を見せてやるで!」
「フィンって大阪人だっけ?」
早速生きてるタコに包丁を振り下ろしているフィンを見ながらそう聞くと。
「わいか? ちがうで、わいのじいさんが大阪人やったけど。まあわいも小さいころは大阪におったからな」
「あ! フィンさん! タコはもっと小さく切らないとだめだよ」
当たりがきたら、海にひっぱりこまれることにようやく気づいたのかそれとも、船酔いなのか少し青ざめた顔でテンが船室に入ってきた。
「やかましいな。魚に持っていかれそうになったのを助けてやったのは誰や?」
「……そ、それは……でもタコとそれは関係……」
言い争っている一人と一匹の声で目が覚めたのか、コトミが眠そうな目でベットから起き上がってきた。
「ふにゃー寝むれないよ。あたしが寝てるときは静かにって言ったのにな」
しかし、美人だなあ。コトミは世界中のロリコンがこぞって押しかけてきそうな顔だからな。と思いながらコトミの顔をじっくりと見ていたら。
「ああごめんや、コトミ」
テンとの言い争いを急にやめて、コトミを抱きあげたフィン。
「もう。パパのバカ。はずかしいよ」
僕は思わずフィンの頭を殴り、テンは洗面所に走っていく。
「痛ッ! もうなんやリース? 叩くなや」
「おい! バカフィン! コトミちゃんに何てこと言わせてるんだ?」
僕の質問にフィンは華麗に無視。
「それよりリース。なんで急に出張販売をしようとか言い出して……」
「――それはな。まあある客がさ、お金はないけどその代わりにこれをあげますとか言って、北海道旅ホテルのチケットくれたんだ」
そのとき、まだ青い顔をしているテンが帰ってきた。
「リース……まだつ、着かないの?」
「あと……六時間くらいかな? 寝てなよ」
「うん……」
青い顔のまま声を絞り出しながらテンがベットの上に倒れていく。
「まぁ。わいもちょうど日本に用事があったからな。本当は大阪に行くんやったけど、先に北海道に寄ってやるで。ただし、毛ガニとタラバガニとウニの詰め合わせ送ってや」
「わかってるよ。でも急なお願いなのにありがとうな」
「は? 親友のリースのお願いやでまたいつでも呼べや」
フィンはいつの間にか天使のような寝顔で寝ているコトミをおんぶしながら、思いっきり笑っていた。
「うん、ありがとう」
空には丸い満月があった。
その光の中をクルーザーは進んでいった。
午前五時――。
真っ赤な朝日が昇るころクルーザーは、昆布漁の盛んな北海道えりも岬の港に止まっていた。
「リッちゃん、テンちゃん…… じゃあ……またお店……にあそび……」
コトミの眠そうな声が港に響く。
「お土産待ってるで!」
フィンはまた瞼が落ち始めているコトミを抱えながら大きく手を振っている。
「じゃあなフィン」
「またお店で。コトミちゃん、フィンさん」
僕とテンもクルーザーが見えなくなるまで手を振る。
「リース。今から飛行機で札幌に行くんでしょ?」
クルーザーが水平線に消えてしまった時、すっかり船酔いも治ったテンが聞いてきた。
「うん。札幌の人通りが多い所で簡単な店をやるんだ」
「でもさ、何で船で直接行かないの?」
久しぶりに故郷に帰ってきたテンは朝早いのに元気いっぱいだ。
「いいじゃないか! 僕はね一度飛行機に乗ってみたかったんだ」
「半袖で、リース寒くないの?」
「空港で防寒着でも買うよ」
僕は朝日を眺めながらそう言ってやると、近くに止まっていたタクシーに乗り込むことにした。
「お客さん寒い格好してますね……どこまででしょうか?」
「一番近い空港までお願いします」
「はい」
僕とテンを乗せたタクシーは粉雪が舞い始めた港を後にした。
午前九時――。
札幌大通り公園。
「おい! テン。すごいぞ氷の神殿だ」
札幌雪祭りとは、たくさんの雪を使って自衛隊の人たちが氷雪像を作り、それを大通り公園に展示するお祭りのことである。
「雪祭りは小さいころ来た以来だなぁ」
懐かしそうに目を細めているテンはどこか少し寂しげだった。
「えーっと貸し店舗スペースは……」
大通り公園はとにかく広い。それに、雪祭り開催中なので人も多い。だから僕はテンを肩に乗せ、はぐれないようにしてから地図とにらめっこをしている。
「――ねぇリース。目の前の簡易テントに『リース雑貨店』って書いてあるよ」
地図から目を上げるとずらっと並ぶ簡易テントが見え、ちょうど前にあるテントに『リース雑貨店』と書かれた看板かかっていた。
「あ! 本当だ……じゃあ早速開店準備だ! 時間無いぞー」
午前十時半には一斉に借り店舗を開店させなければいけない。と貸し店舗契約書には書かれている。
「テン! お釣りは日本円だよ! これアメリカドルじゃん」
「ごめん。でも、今日は一人、一人話しを聞く暇はないね」
「そうだね。人がいっぱい来ると儲かるけど、話聞けないもんね……」
そう話している内に、開店時刻になった。
近くにあるスピーカーが、貸し店舗をオープンした事を告げている。
「いらしゃいませ」
隣の店からは香ばしい焼きとうもろこしの匂いが漂ってきた。
「わぁ見て! あのエゾオコジョかわいい♪ 写メ、写メ」
いつの間にか集まってきた女子高校生が、テンにケータイを向けてフラッシュを光らせていた。
「お客さん! このエゾオコジョはしゃべるんですよ。」
「こんにちは! 私の名前はテン。リース雑貨店の店員です」
女子高校生が黄色い声を上げる。
その後ろには、何事かと人だかりができていた。
「今日は皆さんの欲しいものを何でも売りますよ。でわ……そこの赤いケータイを持った女の子。何か欲しいものは?」
その女の子は少し考えると言った。
「彼氏。外人で超かっこいい人」
「……はい、わかりました。じゃあ五分後時計台の前に立っていてください。お代は出会った後で……」
女の子は、半信半疑で友達と一緒に去って行った。
お客たちは最初は見ているだけだったが、先ほどの女の子がかっこいい外人を連れて戻ってくると、雪崩のように欲しいものを求めてきた。
「彼女をくれ!」
「お金が欲しいな」
「独立して成功させてくれ! 頼む」
「漫画家になりたいです」
「不老不死の薬が欲しいです」
「絶対に人を殺せる道具」
といった感じで、午後三時には目標金額である一億円を突破したのでそれで閉店になった。
僕の店の商品を買っていった人たちは、みんながみんな幸せだとは限らない。
例えば彼女を買った人は、その日は彼女がいるかもしれないが、次の日には逃げられているかもしれない。そこまではリース雑貨店は責任をもてない。
閉店してからも人だかりはあったが、時がたつにつれて人の数も減っていった。
「疲れたねリース」
「うん……後はホテルに帰ってうまいカニ料理でも食べるか!」
「賛成!」
僕とリースは、片付けを素早くするとホテルに引き上げることにした。
大通り公園を出て、タクシーを捕まえようとしていると後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。
「おい! 待て!」
「――はい?」
振り返ると、額縁に入った一枚の絵を持って立っている男がいた。
「リース・ウィッチ。おまえのせいで母は死んだんだ」
男は錯乱状態にあるようだ。少し、身の危険を感じ始めた。
「くそ、くそ。俺はあの店が望むものを売ってくれるから三時間も待ったのに、欲にまみれたやつらのせいで、母は末期ガンで死にそうだったのに」
「落ち着いてください。お母様は僕が生き返すこと……」
「うるさい! ――母が死んでから俺は列の先頭に立った。俺は誓った。お前を殺すと……」
僕は心配そうに見つめているテンの頭をなでると言ってやった。
「あぁ。あの妙に睨んでた人ですか。あなたには確か……人を閉じ込める絵を売りましたね」
「そうだ。俺はお前をこの絵の中にお前を閉じ込める。お前は一生絵の中で母に謝り続けるんだ」
そして男は急に、絵を僕のほうに向けた。
すると、絵は青く光り始めた。
「死ね!」
男が高らかに叫ぶのと僕が右手を上げて呪文を唱えたのは同時だった。
ものすごい爆音が辺りに響き渡った。
僕は肩に乗っていたテンを抱きこむと、その場にしゃがみこんだ。
しばらくして、粉塵がやむと僕は立ち上がって男が立っていた場所を見た。
そこには額縁に入った一枚の絵だけがあった。
僕はそれを拾い上げると、いつの間にか懐にもぐりこんでいたテンに言った。
「あの人バカだね。母親生き返せたのに」
「うん。母が死んで何も考えられなくなったんだろうね。そして、母が死んだ悲しみをリースにぶつけたんだと思うよ」
「さあテン。ホテルに行こう。ものすごい音だったから警察が来るかもね」
僕はそうつぶやくと、タクシーを捕まえてホテルに向かった。
「うわぁカニだ」
お店に帰ってきて二日がたった。ちょうどフィンとコトミも大阪から帰ってきたので、店で海鮮パーティーをすることになった。
「おいリース。このタラバうまいで」
「フィンの持ってきたたこ焼きもうまいよ」
テンとコトミは、仲良くうにを食べている。
「コトミちゃん。私にもバフンウニをください」
「いやあ。あたしが食べるのぉ」
フィンが、その様子を見ながら言った。
「なぁリース。命狙われたそうやないか。だいじょうぶか?」
僕は思わずカニを噴出してしまった。
「どうしてそれを……」
「わいは、行商人やで情報はいち早くわいに届くんや」
フィンはそう言うと席を立った。
「まあせいぜい無理すんなや。コトミ行くで」
「もう行くのか? もっとゆっくりしていけばいいのに……」
僕の言葉を聞くと、フィンは少し笑ってコトミを抱き上げた。
「わいは、リースみたいに暇やないんや。明日にはアフリカに行かなかん。じゃあなリース、テン」
「ばいばい。リッちゃん、テンちゃん」
フィンとコトミはそう言うと、雪が降っている外に出て行った。
「行っちゃったね」
「うん」
僕は少し伸びをするとソファーに横になった。
「少し寝るから片付けよろしく……」
「は? リース! 寝るな!」
すでに眠りに落ちていた僕の耳にはテンの声は届かず。
結局テンが、机の上の食べかすを片付ける羽目になった。
外では、フィンの馬車がゆっくりと森の奥に消えていった。
エンディング
俺の記憶は、爆音がしたところまでしかない。
その後はなんだか訳のわからない場所に三週間くらい閉じ込められている。
不思議と腹が減らない。
なぜだろう。おれはあのリース・ウィッチを殺せたのだろうか?
そんなことを考えていたら、なんと目の前の扉らしきものが開いた。
「おい! 出ろ」
扉の隙間から声がした。
俺は素直に扉から出ると、声の主の顔を見た。
「……ぎゃああああああああああああああああああああ」
目の前には、この世のものではない生物が立っていた。
「そんなにびっくりするな亡人よ。私は、この地獄で生活している悪魔だ。この地獄ではいちいちびっくりしていたらやってられないぜ」
「あっあっ……俺、俺は……し、死んだのか?」
悪魔と名乗った生物は、顔らしきものをにやりとさせると言った。
「あのリース・ウィッチを攻撃するとは、お前はアホだな。あいつは元死神だぞ。しかし、本当は黄泉で裁判を受けてから地獄に来るのだが……まあいいか、どうせ地獄行きだっただろう」
「あの……言っている意味が……」
悪魔と名乗った生物は俺の腕をつかむと歩き出した。
「お前の気にすることじゃない。お前はこれから神が認めるまでここで働くのだ」
悪魔と名乗った生物に連れて行かされたのは火口だった。
そこには何人もの人が半端じゃない熱さに耐えながら作業していた。
「え、こんなところで……」
「いいから黙って働け!」
俺はそれから何十年も休みなしで、働き続けている。
熱さは感じても、死んでいるので死ぬことはない。
まさに地獄だ。
俺は今でも思う。
なんであんなことをしたのだろうと……。
あとがき
どうも、橋本利一です。
前回の宣言通りテンにあとがき出演してもらいます。
ではテンどうぞ。
テ「どうも、今日はあとがきに招いていただきとてもうれしく思います」
橋「今回はテンがあんまり活躍させなくてごめんね」
テ「別にいいですよ、次回に期待してますから」
橋「でもね、受験があるからねーまた書きあがるの遅れるかもね」
テ「橋本はバカだからがんばれよ。合格して早く私たちの活躍を書いてくださいな」
橋「うん、がんばる。そして、夢である作家になる」
テ「私たちの作品でデビューしてくれたらうれしいけど無理かな?」
橋「いや、リース雑貨店でデビューする」
テ「その前に受験。……もう帰らなくちゃ。じゃあね橋本」
橋「ありがとうテン」
ということでお礼なんぞ。
学校の小説仲間、家族、某サイトの皆様には毎度ながら深く感謝しています。
次回作は受験のためいつになるかわかりませんが、遠くないその日まで……。
さいなら。
二〇〇六年 十一月 十九日 (日)